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奥蓼科 御射鹿池

徳沢までは約3,7キロの道のり。途中、小さな池に立ち止まった。
そこは沸き出でる水に繰り返し押し上げられている砂の動きを除いては
あまりにも静かで厳かな場所。
みどりさんの目線が、その絶えず変動している砂に釘付けになったいた。
「自然の力って不思議ね。こんな小さな静かな池にも
エネルギーを感じるところがある。あの枯れ木は呼吸をしていないのに、
この沸き出でる水のおかげで生きているように感じる。まるで聖地のようだわ。」 
この空間すべてが澄んでいる。さらに雲に遮られていた空が明るくなり、
木漏れ日がまるで空から一筋の道を湧き水に通したようだった。
「あの光があたる場所に立てることができたら天に昇れそうね。みごとな昇天の道・・・」
 
みどりさんからは人間界のことをたくさん教えてもらった。
「腕に巻きついているものは何?」
「これは時計といって、時を刻むものよ。」
「時を刻むもの?」
「そう、これは腕に巻いてあるから腕時計というの。
この針は一秒ずつ進んでいるの。歩くように時を前に刻んでいるのよ。
たとえばこうやって足を前に運ぶでしょ?
前に一歩進むのに時間というものが必要であって
一歩を一秒とすると二歩で二秒、そしてこの三歩目で三秒。
そしてコロンたちもきっとできると思うけど、
私たちはこうやって後ろに下がって歩くことができる。
目が後ろにないから危険だけれど不可能ではないでしょ?
でもこうやって後ろに歩いて戻ることができても
その時に戻ること…過ぎ去ったことを「過去」と表現するけれど、
その過去に戻ることはできないわ。
歩み始めたときと同じ位置に下がって立つことができても、
太陽や雲が動き、風の流れも木々の揺れも変わってしまうでしょ?
この空間は動いているから条件がガラッと変わってしまうのよ。
時間は次から次へと過ぎ去っていくわ。
今話していることもすぐ過去の物になってしまう。
私がコロンと出会った時間に戻ることは二度とできない。
でもその時のことは私の、そしてコロンの中に感動の記憶として残っている。
長い間生きていると、忘れてしまいたい記憶も積み重ねるように増えてしまうけれど、
私たちの出会いは新鮮な思い出として永遠に残る。
そして時間はこの地球上の人間に平等に与えられている。
その平等な時間の中でどのように時を刻んで生きていくのかによって
人間の表情が変わっていくのよ・・・」   つづく
  
 蕗の葉下の住人 20年11月19日(水)
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