忍者ブログ

  

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。



明神からは、行きのルートと反対岸の左岸ルートを選んだ。
太陽が西に傾き始めると、右岸に比べすれ違う人もなくかなり寂しい。
「あなたがいなかったらきっと心細くなってしまうわ。」
「太陽が向こうに行ってしまうと人間はバスターミナルに集中する。
明神池側の右岸の木道ルートより左岸はかなり静かになるよ。
みどりさんにも感じると思うけど、
こちらの木の精霊のほうが物静かで性格が暗いんだ。」
「頷けてしまうわね・・・」

河童橋が見え始めた頃、みどりさんが胸ポケットから匂い袋を取り出し、
「この匂い袋は母の形見なの。
母は出かける度にこの袋を持って出かけたわ。
香りが弱くなると、クラシカルな厚いガラスの瓶から
この香水をふりかけていたの。
お洒落のアイテムだと思っていたから
特別な意味があるなんて考えてもみなかった。
学生の頃、一度だけ興味を持って聞こうと思っていたけれど、
反抗期という厄介な物が邪魔してしまったのよ。
今思うとあの時に聞いておけばよかったって・・・
その他にもたくさんの後悔ばかり。ここにも連れて来たかった。」
「母って、人間が呼ぶ『お母さん』って人?・・・大事な人ってお母さんのこと?」
「そうよ・・・」
みどりさんの横顔から一瞬悲しい表情を感じたので
なぜか返す言葉もなくそのまま河童橋に着いた。

橋の上は人だまりで、
静かな山に囲まれた早朝の佇まいの美しさを感じることはできない。
「うわーっ、すごい人ね。これがいつもの河童橋だとしたら、
早起きして得した気分・・・名残惜しいけど、今日はここでお別れね。」
「バスターミナルまでは一緒に行くよ。」
「あそこはアスファルトで人が多いけれど、押しつぶされない?」
「身は軽いから平気だよ。」
バスターミナルも人間でごった返していた。
どの顔を見ても疲労のせいか口角が下がっている。
「なるべく近いうちに戻ってくるから元気でいてね。」
「うん、みどりさんもね」
みどりさんは列の一番後ろから何度も振り向きながらバスに乗り込んだ。
ドアが閉まると左手でバーにつかまり、
右手で何度も手を振っていたみどりさんの笑顔に何故か懐かしさを感じた。
そして姿が見えなくなっても、
みどりさんの香りはいつまでも僕の周りを漂っていた・・・ つづく

 蕗の葉下の住人 20年12月17日(水)
 
PR
[214] [213] [212] [211] [210] [209] [208] [207] [206] [205] [204]
<<